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企業法務コラム

退職する従業員の秘密情報の持ち出しリスク・競業ビジネスを開始するリスクをどのように防止するか

投稿日:
更新日:2023/12/22
退職する従業員の秘密情報の持ち出しリスク・競業ビジネスを開始するリスクをどのように防止するか

1. なぜ会社が秘密保持誓約書の取得を検討するのか

会社として、従業員から秘密保持誓約書を取得することを検討することは、よくあることです。これは、どのような会社であっても、社外に流出すると困る情報があるためです。対象は、顧客情報、技術情報、営業ノウハウ等の多岐にわたるものですが、どのような会社であっても、退職した従業員がこのような情報を社外に持ち出して、競合する事業を開始することは好ましくなく、回避したいと考えるはずです。

2. 取得するタイミング

秘密保持誓約書を取得するタイミングは、入社時・在職中・退職前に大別されますが、実務上は、退職前に取得することは容易ではないケースが多いといえます。特に、上記のような意図を持って退職することを考えている従業員が、退職前に秘密保持誓約書を提出することはまずないといえます。
そうすると、予防策としては、入社時・在職時に提出させる運用に努めることになります。

3. 就業規則に定めておけば大丈夫か

会社によっては、秘密保持誓約書の取得によらず、就業規則に同様の規定を設けることで対応するケースもありますが、就業規則の周知が適切に行われていない場合には、就業規則の秘密保持規程の有効性が否定されてしまいます。現実的なところでは、就業規則を適切に従業員に周知している会社は多くなく、その観点から有用性は劣るといってよいでしょう。

4. 秘密保持誓約書を取得すればそれで十分か

入社時・在職時に従業員から秘密保持誓約書を提出させておけば、退職した従業員が会社の秘密情報を流用したことが判明した場合に、誓約書の内容通りの対応(損害賠償請求など)をすることができるかといいますと、必ずしもそうではありません。この点はよく誤解されているところですが、裁判例上、退職後の従業員に対する秘密保持誓約書の有用性は、限定的にしか認められていません。
退職後の従業員に秘密保持義務を課する場合には、その義務の対象になる情報が、不正競争防止法に定める「営業秘密」に該当することを要すると解されていますが、そのハードルが非常に高いという点が理由です。
「営業秘密」とは、不正競争防止法上、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」を指しています。
より具体的には、①非公知性、②管理性、③有用性の3要件をクリアしていない情報は、法的な保護の対象とはならず、秘密保持契約という合意の形式であっても、結論は同様と解されているためです。
この中でも、②管理性が認められるためのハードルが非常に高く、多くの会社で行っている秘密情報の管理方法では、管理性が認められないことになっているのが実情です。
つまり、秘密保持誓約書を取得しただけでは、退職した従業員による会社の秘密情報の流用を法的に阻止することができず、他方で、裁判例が要求している管理性をクリアできるような厳格な管理体制を敷いている会社は、ごく一部の大手企業等を除くと、ごく少数にとどまっているいうイメージが、実態に近いと思われます。

5. 望ましい方法とは何か

このような事態を防止するのであれば、秘密保持以外に、競業禁止に関する誓約書を取得することをお勧めします。
競業禁止とは、元従業員が会社の事業と競合する事業を行うことを禁止するものです。
競業禁止誓約書も、その内容のとおりに一律に有効性が認められるわけではなく、裁判例上、有効になるためには一定の条件があります。具体的には、以下の各要素を考慮して判断されることになります。

  1. 守るべき会社の利益の有無
  2. 従業員の地位が、競業避止義務を課す必要性のある立場であるか
  3. 地域的な限定の有無およびその範囲
  4. 存続期間
  5. 禁止されるべき競業行為の範囲
  6. 代償措置の有無

この6要件は、どれか1つでも欠けると有効性が否定されるというわけではなく、総合的に考慮して判断されるものです。
不正競争防止法にいう営業秘密の成立要件を満たさないノウハウ等であっても、競業禁止誓約書により保護される可能性は十分にあり得ます。
知的財産権が成立している「知的財産」には、法律上の保護が与えられていますが、知的財産権が成立していない「知的財産」であっても、会社が労力や資金、時間等の経営資源を投入することによって獲得し、蓄積した成果であることに変わりはありません。
したがって、知的財産権が成立していない「知的財産」についても、知的財産権が成立している「知的財産」と同様に、それを獲得して蓄積した会社が、その成果を事業に用いることによって、投下した資本を回収することは、当然に認められるべきものです。
他方で、元従業員は、事業主体として当該成果を生産・蓄積したわけではないため、投下した資本を回収するするためにその成果を自分の事業に用いることが正当化される前提を欠いています。
しかも、元従業員によって、会社がその経営資源を投入して生産し蓄積した成果を用いて自由に事業を行われてしまいますと、会社は、その成果の生産や蓄積のコストを負担していますから、それを負担していない元従業員に対して競争上では劣位に立つことになり、結果として、投下した資本を回収することができなくなります。
しかし、このような事態が、経済合理性の観点から不合理であることは、会社を経営している皆様には、異論のないところでしょう。
この点に関する裁判例として、一例を挙げます。
大阪地裁平成27年3月12日判決は、次のとおりに判示して、不正競争防止法にいう営業秘密に該当しない情報に関して、競業避止義務契約の合理性の根拠は、会社がその経営資源を投入して生産して蓄積した事業上の成果について投下資本を回収することにあるとして、代償措置が講じられていなくても有効であると判断しています。

「学習塾業界においては、何よりも収益の柱は、塾生の確保である。そして、需要者は、サービス提供主体の選別に当たり、ブランド、教材、費用、合格実績等のほか、講師の指導力もそれなりに大きく考慮するものと考えられ、現に担当する講師との間に信頼関係が生じている場合には、その講師が近傍で独立しようとする場合には、これに追従することは容易に想定される。他方、上記信頼関係は、当該講師が純粋に個人的に構築したものではなく、企業たる学習塾と塾生との関係を踏まえて成立するものであり、当該学習塾が投下した資本の上に成り立つものである。したがって、本件規定は上記投下資本の回収の機会を保護するための合理的なものであって、合理的な範囲で退職後の競業を禁止することは許容されるというべきである。
本件規定の制限が合理的な範囲かどうかを検討すると、本件規定においては、退職後、2年間に限り、会社で指導を担当していた教室(退職時に所属していた教室をいうものと理解される。)から半径2キロメートル以内(小中学生にとって通塾に適さない程度の距離と思われる。)の限度で、自塾を開設することのみを禁ずるものであって、上記圏外で開業することはもちろん、上記圏内であっても、競合他社において勤務することは禁じられていないこと、従業員の講師業務としての経験をいかして継続して講師業務を行うことは本件規定に所定の地理的、時間的範囲及び態様以外ではなんら制約されないことからすると、本件規定が合理性を欠いて無効であるということはできない。また、以上によると、特段の代償措置が講じられていなかったとしても、上記合理性の判断に影響を及ぼすことはないというべきである。」

どのような内容であっても、競業禁止誓約書が一律に有効とされるわけではありませんが、この裁判例のように、上記6要件に配慮した競業禁止誓約書を作成することにより、間接的に会社の秘密情報を流用するというリスクを低減させることに資するといえます。

6. 最後に‐安易な雛形の利用は会社に損失を招く

いずれにしても、安易な雛形の流用は、秘密保持誓約書・競業禁止誓約書のいずれであっても、その有効性を否定されるリスクが高くなります。個別の作りこみが必要になりますので、専門家に相談しつつ作成する必要があるでしょう。

著者:播摩 洋平

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【著者情報】

企業法務部 部長 福岡県弁護士会(弁護士登録番号:33334)

九州大学大学院法学研究科修士課程 修了

米国Vanderbilt Universityロースクール(LLMコース) 卒業

三菱商事株式会社、シティユーワ法律事務所を経て、現在弁護士法人グレイスにて勤務

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監修者

弁護士法人グレイス企業法務部

本店所在地
〒105-0012 東京都港区芝大門1丁目1-35 サンセルモ大門ビル4階
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