企業法務コラム
労働訴訟の手続及びその特徴について弁護士が解説
更新日:2023/12/20
1. 労働訴訟とは
労働訴訟について、明確な定義はありませんが、一般的に、裁判所を利用した手続で、主たる争点が労働問題に関する事案をいいます。例えば、典型的な事案としては、労働者から会社に対する未払い残業代の請求や解雇無効などあります。典型的な事案からもわかるように、労働訴訟は、労働者側から手続きが取られることが一般的です。そして、会社を経営する上で、一度はこのような問題に直面したことのある経営者も少なくないのではないでしょうか。そこで、本コラムでは、経営者の皆様が直面する可能性のある労働訴訟について解説いたします。
2. 労働訴訟の種類と特徴
(1) 種類
労働訴訟とは、裁判所を利用した手続です、もっとも、裁判所を利用した手続といっても種類が複数存在し、その手続それぞれに特徴があります。まず、手続としては、通常の民事裁判があります。そして、労働事件特有の手続きである労働審判制度も存在します。また、場合によって、民事訴訟を提起する前提として仮処分という手続も存在します。裁判所の手続としては、この3種類のいずれかが多いと考えられることから、以下、それぞれの手続について詳しくみていきたいと思います。
(2) 民事訴訟
まず、民事訴訟は、労働訴訟以外の紛争にも使用される手続であり、裁判所を利用した手続の中では最もオーソドックスなものといえます。民事訴訟を利用する場合には、労働者は、訴状という自身が求める判決内容とそのような判決が認められる理由を記載した書面を裁判所に提出します。例えば、未払い賃金として100万円を支払え等の記載がされ、その上で、具体的に何時間残業をしていたのかということを記載していきます。そして、会社としては、労働者の主張に対して反論を記載した書面を提出します。そのようなやりとりを数回行い、場合によっては、尋問などを行った上で判決となります。内容が複雑な場合には、判決までに1年以上を要することも珍しくありません。もっとも、裁判がある程度進んだ段階で、裁判官より和解が提案され、裁判上の和解という形で最終的な解決をすることも多くあります。
(3) 労働審判制度
ア 特徴について
労働審判制度とは、個別労働関係民事紛争に関し、労働審判委員会(裁判官である労働審判官1名と労働関係に関する専門的な知識経験を有する民間人の中から任命された非常勤国家公務員である労働審判員2名)が、事件を審理し、調停による解決(話し合いによる解決)を試み、話し合いがまとまらない場合には、労働審判を行う手続です。
労働審判制度の主たる特徴は、①労働審判委員会として民間人が審理に加わること、②期日の回数が制限されている等による解決までの迅速性及び③調停による解決ができない場合には、審判を言い渡せることです。
まず、労働審判制度は通常の民事訴訟との違い、労働審判委員会に裁判官以外の民間人が加わっていることです。これにより、より事件の審理及び解決に専門的な知見を取り入れることができます。また、原則、3回以内の期日で審理を終結しなければなりません。通常の裁判にはこのような制限がなく、期日も月1回程度が一般的であるため、終結までの期間が長くなりがちです。しかし、労働審判制度では、期日が3回であるため通常の民事裁判よりも早期に解決まで至ります。
さらに、調停により解決ができない場合には、労働審判委員会が会社と労働者の言い分を踏まえて、最終的な結論を審判という形で行います。労働審判の主文については、審理の結果認められる当事者の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて、当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができます。もし、会社としてこの審判内容に納得でない場合には、審判書の送達又は労働審判の告知を受けた日から2週間以内に裁判所に対して、異議の申立てを行うことができます。その場合、労働審判は効力を失い、当該労働審判手続の申し立てがあったときに、裁判所に訴えがあったものとみなされます。そのため、この異議の申立てにより通常の民裁判手続で労働者との紛争を解決することになります。
イ 手続について
労働審判制度を利用する場合も、民事訴訟と同様に、自身が求める請求の趣旨とその理由を記載した申立書を裁判所に提出します。そして、申立てから40日以内に期日が指定されます。また、通常の裁判と異なり、初回の期日から会社は答弁書に言い分を全て記載することが求められます。前述のとおり、会社として、期日が3回しか開かれないため、後で主張しようという戦略が基本的には通用しません。
また、期日当日は、訴訟とは異なり労働審判委員会、申立人及び相手方が一つの机を囲んで審理を行います。そして、労働審判委員会から会社と労働者それぞれに事実確認や言い分を聴取され、主張や争点の整理を行います、その上で、労働審判委員会は、当事者や関係人に対して審尋を行い、心証を形成します。この点も、通常の民事裁判とは異なる形式となっています。
そして、このような手続を経た上で、初回の期日から労働審判委員会が一定の判断を示し、話し合いによる解決を試みます。そして、2回目以降の期日では、初回期日で不足していた主張の補足や提案された解決案等の検討を改めて行うことになります。この時点で、会社と従業員の話し合いがまとまることもあれば、3回目の期日に持ち越しとなることもあります。私の経験上は2回目の期日までに話し合いがまとまることが多く、審判となったことは多くありません。もっとも、手続の迅速性という観点から、審理が適切になされ、会社の言い分を十分に主張し、理解してもらえたかに疑問が残ることもあるかと思います。その場合には、審判となり、その後、異議を申し立てることも十分考えられます。
(4) 仮処分
ア 最後に、仮処分について説明したいと思います。仮処分は名前のとおり、仮の手続きであり、通常はその後に訴訟提起をすることが想定されています。例えば、解雇された労働者が解雇を無効であるとしてその効力を争う場合に、①労働契約上の地位を有することを仮に定める旨の地位保全仮処分と②賃金の仮払いを命ずる内容の賃金仮払い仮処分とがあります。
このように仮処分手続きを選択するのは、労働者に預貯金等の資産が少なく、給与が支払われなくなったことにより現に生活に困窮し切迫した状況にある場合です。
イ 仮処分が他の手続きと異なるのは、労働者の権利主張の妥当性の判断に加え、保全の必要が必要なる点です。民事保全法では、「争いがある権利関係について権利者が生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」と定められています。そのため、先ほどの地位保全を求める申立てにおいては、賃金を生活の糧としている労働者が解雇によって被る著しい生活上の危険を防ぐ必要がある場合に認められ、他からの収入の有無、再就職・転職の難易、従業員としての地位がないことによる著しい不利益等が考慮されます。
また、賃金の仮払いについては、賃金が支払われないことによって、労働者及びその家族らの生活が危機に瀕死、本案判決の確定を待てない状態に至っているか又はそのおそれがある場合において、この状態を一時的に救済する必要があるときに認められると考えられています。そして、その中で、資産の有無、他からの収入の有無、同居家族の収入の有無等が考慮されます。
ウ 具体的な手続としては、これまでの手続と同様に労働者として求める請求の内容とその理由、そして保全の必要性を記載した申立書を裁判所に提出します。そして、仮処分が発令されたことによる会社の不利益が大きいことから、原則として、会社と労働者双方が立ち合いで審尋という双方の言い分を確認する期日が開かれます。その後、審尋期日を経て、決定がなされます。期間としては、労働審判制度よりも短期の3ヶ月程度で審理終結の目安と考えられています。
なお、仮処分の手続きにおいても会社と労働者で和解をすることもあります。
エ 以上の手続を経て裁判による決定がなされます。もっとも、地位保全仮処分は、賃金仮払いの仮処分が認められる場合には、認められないと考えられています。また、賃金の仮払いが認められるとしても、月額賃金全額が認められないこともあります。仮の支払いが認められる期間についても、解雇後1年間又は仮処分発令後1年間程度とする例や本案訴訟の第1審判決の言い渡しまでとする例もあり、個々の事情によりまちまちです。
オ 仮処分の決定に対しては、会社側及び労働者側にも不服申立ての手続が用意されています。会社側としては、労働者の請求を認める決定に対しては、保全異議を申し立てることができます。他方、労働者は自身の請求が認められない場合(申立てが却下となった場合)、即時抗告を申し立てることができます。
3. 最後に
以上が労働裁判として主に考えられる裁判所の手続と各手続の特徴となります。そして、労働訴訟においては、未払い残業代の有無、解雇の有効性、そのほかハラスメントを理由とする損害賠償請求なども考えられます。各争点に会社として主張すべきもの、収集すべき証拠も異なります。そのため、労働者からの請求に対応するためには、会社単独の力では心もとないケースが多いと思います。その場合、労働裁判を多く扱っている弁護士などに相談の上、代理人として裁判対応をしてもらうことが重要となってきます。労働訴訟は会社が不利と言われることも多くありますが、そうであっても、弁護士を代理人とすることにより会社にとってより有利な和解や判決等を獲得することもあり得ます。
弊所では、日々多くの顧問先様から労務の相談を受けております。労働者と紛争が生じている場合、又は生じる恐れや不安がある場合でもぜひ一度ご相談いただければと思います。
監修者
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