労働審判手続に備えるために
1. 労働審判とは
労働審判制度は平成18年4月から始まった比較的新しい制度です。
裁判官である労働審判官1名と、労働関係に関する専門的な知識を有する労働審判員2名で組織される労働審判委員会において、労働者と事業主との間に生じた労働関係紛争の解決が図られます。
労働審判は早期に労働関係紛争を解決することを目的とする制度であることから、原則として第1回期日が申立の日から40日以内に指定され、かつ、3回以内の期日で終了する制度となります。
およそ70%の事件が申立てから3ヶ月以内に終了しています。
以下、各事案における対応のポイントについて解説していきます。
2. 解雇無効の事案
労働審判手続は裁判と異なり、極めて迅速に労働に関する紛争を解決する手続となります。
会社にとって早期に紛争が解決するのはメリットですが、準備までの時間が足りなく、適切な法的構成で争うことの出来ないという危険もございます。
具体例を見てみましょう。
労働者側から解雇無効を理由に未払い賃金の支払い等を求められた場合を想定します。
解雇無効の主張に対する反論としては、①そもそも労働契約ではない(業務委託契約や請負契約である)②合意があった③懲戒解雇として有効である④普通解雇として有効である⑤整理解雇として有効である等があり得ます。
これらの主張の中から当該事案に最も適切な主張を構成していくことが重要ですが、事案の状況によりどの法律構成を採用すべきか、慎重に判断をすることが求められます。
3. 残業代請求の事案
未払い残業代が請求される事案の場合、まず、基本的な労働契約の内容、つまり①所定労働②休日③週の労働時間④基本給・手当等の主張がなされます。
次に、労働時間を計算します。
最後に未払い残業代がいくら発生しているのか、計算をすることになります。
これらの作業を、労働者・使用者・労働審判委員会がそれぞれ行いますが、従来は使用するソフトや仕様が異なることにより、正確に当事者間の主張の対立点が把握出来ないこともありました。
そのような中、京都地方裁判所と京都弁護士会が合同で「京都ソフト」と呼ばれるソフトを開発しました。
これは、労働者・使用者・労働審判委員会がそれぞれ1つのソフトに考えを入力できるもので、地域に限らず、労働審判では広く用いられています。
京都ソフトの使用に長けていないと、作成に時間が掛かったり、細部に自己に不利な内容を打ち込んでいたりする危険もあり、弁護士を選ぶ一つの重要な基準となります。
4. ハラスメントに関する事案
ハラスメントを理由に相手方を会社に、損害賠償の請求をされることがあります。
このようなケースにおいても、労働審判が利用されることもあります。
ハラスメントを原因とし、当該ハラスメントの加害者ではなく、会社を相手に損害賠償を求める根拠は①使用者責任(民法第715条)と②安全配慮義務違反(債務不履行、民法第415条)があり得ます。
これらの請求に対して会社としては①ハラスメントと申立人が主張する事実がそもそも存在しない②事実はあるがハラスメントには当たらない③ハラスメントはあったが、会社としてなすべきことをしており、防げなかった(会社の責任ではない)等の反論をすることが考えられます。
どのような反論をするのが最も適切であるかを判断するためには、当然、申立人側及び会社にどのような証拠があるかを十分に検討することが不可欠です。
5. 労働審判手続に備えるために
上記のように労働審判手続は、早期に労使紛争を解決することを目指す点が最大の特徴であり、労使双方にとって、紛争状態を迅速に解決出来る点にメリットがあります。
労働者側は申し立てるまでに十分な準備をすることが出来る一方、会社側は申立てがなされる時期を知る術はありませんし、申立てから第1回の口頭弁論期日まで時間が差し迫った状況となります。
特に申立人側に代理人が選任されている場合には、申立書及びそれに付随する書面等は量も膨大で、正確に申立人側の主張を理解することすら難しいことも珍しくありません。
また、一口に労働審判といっても、解雇無効・残業代請求・ハラスメント等、申立人側の主張は多岐にわたり、それに対する防御方法もまた様々です。
会社の内部事情に精通し、どのような証拠が存在するかも踏まえた上で、最も適切な反論を限られた時間の中で行う必要があります。
上記のため、労働審判手続に備える意味で何よりも大切なことは、日常から労務を始めとする会社内の法律上の問題点を相談出来る顧問弁護士を確保しておくことです。
特に使用者側の労務相談を主要な業務内容としており、御社の就業規則の内容も承知しており、日頃から相談しやすい弁護士を確保しておくことが重要です。
労働審判は早期迅速な手続であるが故に、備えあれば憂いなしの分野といえます。